世界的に有名なオランダ出身の芸術家 vol.4:冷たい抽象「ピエト・モンドリアン」

彼の名前は知らなくても、こちらの作品を見たことがある人は多いのではないでしょうか。
Piet Mondrian(ピエト・モンドリアン)は絵画の歴史の中で、本格的に抽象画を始めた人物のひとりでもあります。
そんな彼も実はオランダ出身の芸術家。言われてみると確かにオランダらしいシンプルにデザインされた作品であることに気づきます。元々は写実主義のような風景画を描いていた彼ですが、彼の代表作でもある赤、青、黄色という三原色のみを使った究極にシンプルな作品は一体どのように生まれたのでしょうか。

画家としてのスタート

本名はPieter Cornelis Mondriaan(ピーテル・コルネーリス・モンドリアーン)、1872年オランダのアメルスフォールトに生まれました。

父親はデッサンの教師で、モンドリアンは小さい頃から風景画を描くなどして芸術に触れて育ちました。

アムステルダム国立美術大学で三年間美術を学び、この頃はまだ印象派のようなスタイルで作品を描いていました。

しかし、1911年にアムステルダムで開催されたパブロ・ピカソらを代表とするキュービズムの展覧会「モダン・クンストリング」から強い影響を受けます。
これをきっかけに、モンドリアンはパリへと移り住むことに決めます。作風もこれまでのような風景画ではなく、平面的・幾何学的な作品を描いていくようになり、シンプルなものへと変化していくようになります。

1914年、父親が病気だという知らせを受け、オランダへと戻ることに。そして、ちょうどこの時期に第一次世界大戦が勃発し、パリへ戻ることができなくなってしまいます。
戦時中、モンドリアンはオランダの芸術コミュニティに身を置く中、多くの芸術家たちと知り合いになります。そこで出会った同じ抽象画家であるテオ・ファン・ドゥースブルフトは、モンドリアンの画家人生に大きな影響を与えることとなります。

そして、1917年にそのテオ・ファン・ドゥースブルフトともにアムステルダムにて芸術雑誌「DE STIJL(デ・ステイル)」を創刊し、自身らの芸術に「 Neoplasticism(新造形主義)」と名前を付けます。
新造形主義の作品には、水平線・垂直線・直角・正方形・長方形・三原色といった特徴があり、このスタイルは建築にも応用されることになります。

代表作「Composition(コンポジション)」の誕生

第一次世界大戦が終わると、1918年からは再びパリに拠点を置くようになります。芸術の中心であったパリで、モンドリアンはさらに抽象芸術を探求していきます。

海や木などの被写体も極限まで単純化され、直線などが組み合わさったグリッド状の作風へと変化。この頃から作品に「Composition(コンポジション)」というタイトルが付けられるようになります。

そして、1921年ごろになると、私たちがよく知るモンドリアンのお馴染みの作品が誕生します。
黒い上下左右の直線と、その線に囲まれた様々な大きさの四角形から構成され、色彩も青・赤・黄の三原色を使用し、ついに「コンポジション」のスタイルが確立されます。

また、キャンバスを45度傾けたひし形の状態で描いたり、額縁を使わなかったりと様々な工夫を凝らしていました。この頃から彼の抽象的な作品を評価する人々は多くいましたが、生活は苦しく、お金を稼ぐために全く対照的な淡い色で描かれた花の絵を売っていたそうです。

1930年代に入ると、抽象芸術運動を代表する芸術家グループ「Abstraction-Creation(アプストラクシオン=クレアシオン)」に属しながら、「コンポジション」の制作を続けました。

ロンドン、そしてニューヨークへ

1938年になると、ファシズムの影響によりモンドリアンはパリを去り、ロンドンへと移り住みます。

この頃から、作品のタイトルに「Trafalgar squar(トラファルガー広場)」などの場所や地名が付けられるようになります。しかし、ナチスによりパリが侵略されると、ロンドンを離れ、最終的には亡くなるまでの間ニューヨークで生活することとなります。

そして、彼の晩年の作品は、マンハッタンなどの街並やネオンに影響され、まるでニューヨークの地図が描かれたようなカラフルで華やかな作風へと変化していきました。
ニューヨークで描かれた代表作「Broadway boogie woogie(ブロードウェイ・ブギウギ)」は、アメリカを訪れた際に初めて耳にした音楽「ブギウギ」にインスパイアされた作品です。

1942年には、自身初の個展を開催し、「Broadway boogie woogie」は MoMA(ニューヨーク近代美術館)の所蔵作品となります。


しかし、1942年に新作「Victory boogie woogie(ヴィクトリー・ブギウギ)」を制作中に風邪が原因で肺炎を患い、そのまま帰らぬ人に。結局この作品は未完のままとなってしまいました。

これまでヨーロッパでは伝統的だった奥行きのある風景画とは全く異なるモンドリアンが確立したこのスタイルは、抽象表現主義やミニマル・アートといった抽象美術が継承していくこととなり、後世にも多大な影響を与えました。

こうしてモンドリアンは、ワシリー・カンディンスキーなどに並ぶ代表的な抽象画家となり、表現主義の流れをくむカンディンスキーは「熱い抽象」。それとは対極の作風であるモンドリアンは「冷たい抽象」と呼ばれるようになりました。

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