世界的に有名なオランダ出身の芸術家 vol.2:忘れられた画家「フェルメール」

フェルメールはレンブラント、カラバッジョ、ベラスケス、ルーベンス同様、バッロク絵画を代表する画家の一人です。そして、レンブラントと並びオランダ黄金時代を代表する巨匠でもあります。しかし、レンブラントやカラバッジョのような光と陰のコントラストが強い作風とは異なり、彼の作品はどれも優しい光に包まれているのが特徴的です。今ではバロック絵画を代表する巨匠の一人として認識されていますが、一度は世間から忘れ去られた存在だった時期もありました。今回はそんなフェルメールについてご紹介していきたいと思います。

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一度は世間から忘れ去られた画家「フェルメール」

フェルメールは生前からすでに高い評価を受けていました。また、パトロンの存在もあり、画家としてほとんど不自由なく生活をしていました。そして、彼が亡くなった数十年後のオークションでも高額な金額で取引されるなど、評価は依然として高いままでした。
しかし、18世紀に入るとその名を知る者はほとんどいなくなっていきました。その主な理由の一つは、作品数がとても少なかったこと。フェルメールが生涯で描いた作品はわずか30点ちょっとのみでした。そして、その多くが個人コレクションだったこともあり、世の中に彼の作品が出回ることはほとんどありませんでした。

しかし、19世紀に入るとオランダではなく、フランスで再び人気に火が付き始めました。当時のフランスでは、市民の日常を飾らずに描く写実主義に対する評価が再度高まっており、17世紀のオランダ絵画が注目を集めていました。そして、フェルメールの作品も改めて脚光を浴びることになりました。さらにその流れは印象派の誕生へと繋がっていきます。こうしてフェルメールは美術史の中でも重要な人物の一人として再認識されるようになりました。

フェルメールの生涯

フェルメールの本名は「ヤン・ファン・デル・メール・ファン・デルフト (Jan van der Meer van Delft)」。1632年、オランダのデルフトに生を受け、1675年にその生涯を終えました。彼は人生のほとんどを故郷のデルフトで過ごしたと言われています。
父親はパブと宿屋を経営しており、父の死後、フェルメールはその家業を継いでいます。また、母親の家系もとても裕福でお金持ちであったり、パトロンの存在や家業の収入のおかげで、当時は金と同等の価値があったラピスラズリを原料とするコバルトブルーの顔料をふんだんに使用しています。彼の作品にみられる鮮やかなブルーは「フェルメール・ブルー」とも呼ばれています。

先ほども少し触れましたが、現存するフェルメールの作品は非常に少なく、33〜36点のみと言われ、その全てが油絵です。彼はパトロンの存在もあり、年に2〜3個ほどしか作品を描いていませんが、その代わり時間をかけ作品に向き合い、納得のいくまで丁寧に仕上げていったのでしょう。

しかし、1670年に入ると画家にとって苦しい時代が続くようになります。第三次英蘭戦争を引き金にオランダ経済は悪化し、美術市場もしぼんでいきました。経済の低迷の影響で、裕福だった母親の実家も貧しくなり、さらには最大の支持者であったパトロンが亡くなり、画家としての生活に追い討ちをかけることに。戦争が起きてからはオランダ人画家の数は極端に減っていき、彼の作品も1枚足りとも売れなくなりました。
そんな中、彼は11人もの子どもを抱えており、生計を立てることさえもできなくなってしまいました。そして1675年、フェルメールは42歳でその生涯を終えました。

贋作と盗難事件

フランス人研究家「トレ・ビュルガー」がフェルメールの作品として認定した絵画は70点以上にのぼりましたが、それらの多くは後の研究で偽物だとわかりました。
さらに20世紀に入り、ハン・ファン・メーヘレンという人物が多くの贋作を制作しており、オランダのロッテルダムにあるボイマンス美術館が購入した「エマオのキリスト」も彼の作った贋作でした。しかも、美術館は当時のオランダ画家の作品としては最高額で購入していたそうです。ちなみにその偽物は現在でもボイマンス美術館に展示されているそうです。

贋作以外にも、1970年以降、フェルメールの作品は何度も盗難の被害にあっています。
Rijksmuseum(アムステルダム国立美術館)」がコレクションしていた「恋文」という作品が、ベルギーのブリュッセルで展示を開催した際に盗まれました。犯人は逮捕され作品も無事戻りました。しかし、犯人がキャンバスをナイフで切り離して持ち去ったため、作品は大きなダメージを受けてしまいました。
他にも何度か盗難の被害に合いましたが、作品はなんとか無事に戻ってきました。
しかし、1990年、アメリカのボストンにあるイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館での展示の際、フェルメールの「合奏」やレンブラント、さらにはドガの作品など計13点以上が盗まれました。その被害額は2〜3億ドルとも言われ、美術史史上最大の盗難事件となってしまいました。それらの作品は今でも発見されていないようです。

最後はそんな残念な事件のせめてもの気休めに、フェルメールの代表作「真珠の耳飾りの少女」(マウリッツハイス美術館)でお別れです。

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