世界的に有名なオランダ出身の芸術家 vol.1:光の魔術師「レンブラント」

日本にいるときはあまり気にかけたことはありませんでしたが、オランダに住み始めると世界的に有名なオランダ出身の芸術家が数多くいることに気づきます。
日本人にも馴染みのある「レンブラント」「ゴッホ」「フェルメール」など美術史に名を馳せる巨匠たちもオランダ出身です。そんな巨匠たちの作品や歴史について興味が湧いてきました。これも何かのご縁ということで、今回は世界三大絵画として知られる「夜警」を描いた画家「レンブラント」についてご紹介します。

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バロック絵画とは?

バロック絵画とは、16世紀末から18世紀なかばの西洋芸術運動で、代表的な画家はレンブラント、フェルメール、カラバッジョ、ベラスケスなどが挙げられます。劇的な描写技法や豊かで深い色彩、強い明暗などが特徴的で、画家たちは一瞬の感情や情熱の表現を追求しました。
美術史は当時の経済活動とも深く関わっており、17世紀においてのオランダの経済発展が美術市場を形成していきました。さらにオランダ人画家の技術の高さも相まって、その後の美術史にまで多大な影響を与え続けました。

光の魔術師レンブラントの傑作「夜警」の秘密

1664年に完成したレンブラントの代表作「夜警」は世界三大名画としても有名ですが、正式には「フランス・バニング・コック隊長の市警団」というタイトル。本来は昼間の情景が描かれた作品なのですが、画面が薄暗いことから夜の様子を描いたと考えられ、「夜警」という題名が後から付けられたようです。しかし、20世紀に入り二度の洗浄作業が行われ、ニスの劣化による黒ずみを取り除くと、画面の左上から光が差し込んでいることがわかりました。その絶妙な光と陰のバランス、「光の魔術師」と呼ばれるレンブラントの技が、何世紀もの時を経て姿を現しました。

この「夜警」はレンブラントが火縄銃手組合から依頼された作品で、1715年までは組合のホールに設置されていました。その後、ダム広場に市役所が移転し、この作品も一緒に移されることになったのですが、作品のサイズが展示する予定の壁よりも大きかったため、あろうことか周りをバッサリとカットしてしまったそうです…

現在は「Rijksmuseum(アムステルダム国立美術館)」に展示されていますが、そこでもまた悲劇が…
1980年、美術館を訪れたある人物がナイフで突然作品を切り刻んだそう。その数なんと12箇所あまり。国の威信を懸け修復されたそうですが、聞いただけでもハラハラしてしまいますね。

レンブラントの生涯

本名は「レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Rijn)」。バロック絵画を代表する画家の一人です。美術に興味がない人でも、「レンブラント」の名を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。1606年、オランダのライデンで生を受け、1669年にこの世を去るまで数々の名画を残しました。その中でも有名なのが世界三大絵画として知られる「夜警」でしょう。中流階級の家庭に生まれた彼でしたが、当時は美術学校など絵画を学べる環境は整っておらず、イタリアに留学経験のある画家ヴァーネンブルフに弟子入りし、3年に渡り技法や解剖学を学びました。若い頃からすでにその才能を開花させ、肖像画家として高い評価を受けました。

ちなみにですが、レオナルド・ダ・ヴィンチも解剖学を学んでいたように、人物画や肖像画を描くにあたり、関節や筋肉などの人体構造を理解できる解剖学はとても理にかなっていると思います。

さて、少し話は逸れましたが、少しずつ名声を得ていったレンブラントにとって、ライデンでの生活は少し窮屈になりつつありました。そして、父の死をきっかけに、アムステルダムに拠点を移すことを決意します。そのアムステルダムで、妻となる「サスキア」に出会います。結婚の際、婚姻を届けたのが以前のブログでもご紹介した「De Oude Kerk(旧教会)」です。1633年、これにより彼は正式にアムステルダムの市民となりました。その後、レンブラントは彼女をモデルとして多くの作品を残しています。

レンブラントは自画像や肖像画を数多く描いていますが、それらのデッサンにはイカ墨のインクが使われていました。ダヴィンチも使っていたと言われるこのイカ墨のインクは「レンブラント・インク」とも呼ばれています。

すでに芸術家として名声を得ていたレンブラントですが、1642年、ついに彼の代表作「夜警」が完成します。この完成した作品について弟子のホーホストラーテンは「展示された他の絵が、まるでトランプの図柄のようだ」とこの傑作を賞賛したそうです。

しかし、その後息子や妻サスキアの死など不幸が続きました。
さらに、自身の浪費癖なども生活苦に拍車をかけます。美術品の価値を高めるためとアンティークや絵画などを買い漁りましたが、どんどんと財産も減っていき、とうとう無一文に。結局は自身が集めたコレクションたちも手放すことになってしまいました。
その後もその生活は改善されることなく、1669年にレンブラントはその生涯を終えました。それでも画家としての評価は依然として高く、彼の功績を讃えるように、その遺体はアムステルダムにある「Westerkerk(西教会)」に埋葬されました。彼自身の人生そのものが「光」と「陰」だったのかもしれませんね。

さて、長々となってしまうのでかなり説明を省きましたが、少しは光の画家「レンブラント」についてお分りいただけたでしょうか。「夜警」に秘められた歴史を知ってから実際に作品に対峙すると、さらに感慨深いものがあるのではないでしょうか。晩年の代表作「ユダヤの花嫁(イサクとリベカ)」もアムステルダム国立美術館で見ることができるので、ぜひ訪れてみてくださいね。

「Rijksmuseum(アムステルダム国立美術館)」
入場料:
一般 – 17.5ユーロ
18歳以下 – 無料
公開時間:9:00〜17:00
住所:Museumstraat 1, 1071 XX Amsterdam
ホームページ:www.rijksmuseum.nl

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